蔵をアトリエに制作をする アーティスト川埜龍三


by ryuzo3net

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

以前の記事

2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 10月
more...

カテゴリ

全体
蔵④号日記
蔵⑥号日記
ギャラリー・ラガルト
作品集・写真集・記録集
玉島マチヲ
さいたまトリエンナーレ2016
犬島ハウスプロジェクト
おにぽっくるプロジェクト
RAVEN
展覧会
「無心に降る百年」(2014)
「常夜海」(2014)
ジャカルタ作戦
「異形の胎動」(2010)
「アナクロモノクローム」(10)
「ビエンナーレ大作戦」(09)
「グラン・ママの葬列」(07)
「沈黙にたまる雨」(05)
旅日記
お勧め等々
菜園日記
音楽のススメ
デク・クラ
アトリエ外活動
トラブル
倉式+蔵式
Jazzy night
その他

タグ

最新のコメント

アメリカの25のギャラリ..
by ryuzo3net at 23:49
おーーおめでとうございま..
by Wada at 20:02
akieさん 今、もう..
by ryuzo3net at 17:09
おめでとう~! ラガル..
by akie at 18:44
ちょっとずつね。akie..
by ryuzo3net at 20:45
そしてまた色々アップされ..
by akie at 21:22
あはは、ハギオさんのこと..
by ryuzo3net at 18:20
龍三さん、ご無沙汰です。..
by akie at 10:10
ようこそでした!楽しんで..
by ryuzo3net at 23:45
22日の内覧会で研究ノー..
by 内覧会参加者 at 22:49

リンク

ライフログ


まっぷる京阪神ペットといっしょ! (マップルマガジン)


Artcollectors (アートコレクターズ) 2014年 01月号 [雑誌]


えるん島


忽骨 ~ ko-tsu-ko-tsu


挫けない力


アートコレクター 2011年 09月号 [雑誌]


アートコレクター 2011年 04月号 [雑誌]


旅の指さし会話帳13キューバ (ここ以外のどこかへ!)

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

アート・デザイン
アーティスト

画像一覧

カテゴリ:トラブル( 6 )

高知、メフィストフェレスの壁画の終焉

高知県高知市の帯屋町商店街の突き当たりにはメフィストフェレスという喫茶店があって
22~23歳の時に、当時ギリギリで生きながら、僕は2・3階のファサードを壁画で飾りました。
b0052471_21182020.jpg
(写真↑)2012/8/16/ Photo by 田中くん
現代企業社の喫茶メフィストフェレスのリニューアルオープンに合わせて
壁画をリニューアルしたいと8月に連絡があって、急いで16日に高知へ渡った。

9月後半から10~14日間足場を組んでファサードの工事もしたいとのこと。
メフィスト側の意向を聞いて、予算を聞いて.....等々
工務店による塗装サンプルが出来た時点で次回打ち合わせをすることを約束した。

当時、提示された案は僕が良いと思えるものではなかった。
けど僕は、高知や現代企業の仕事は特別に思ってる。
だから要望を聞いた上で、すぐさま数案作ってサンプルもプリントして郵送やメール。
ハウスプロジェクトや大型作品を含む数件の仕事を遅らせ
9月後半から10月後半までの間、打ち合わせや足場に上がる時間を空けた。


だけども、それ以来は返事や連絡が来ることはなかった。
僕からこれ以上連絡するつもりは無かった。僕が望んだリニューアルじゃないから。

連絡が再びあったのは11月20日だった。
26日から14日間足場を組むので上がって作業してくれというもの。
僕は、予定の工期までに返事もなく、8/16以来どうするか打ち合わせもない状態で
突然来週から作業と言われても無理だとFAXやメールや電話で連絡した。

それでも、僕が良いと思えるものでなかった向こうの意向のまま
作業は進められていたようだ....このところの僕の憂鬱の原因、メフィストフェレスに到着。


僕の描いた絵は安い木材で切り離され、知らない人に塗り消されてしまった。
b0052471_21184160.jpg
(写真上)2012/8/16/ Photo by 田中くん、
(写真下)2012/12/07/ Photo by西夏さん

僕らは、しばらく言葉が出てこなかった。
「残そうとした部分も指示してなくて消しちゃいました。良かったですか?」
など、言われたことにも何も言葉が出てこなかった。

これから足場にあがって「川埜さんの作品にするように」、とか
あそこをこう塗って欲しいとかこの色で塗って欲しいとか、なんとかかんとか。
「僕は芸術家であって、工務店では無い」と言った。

ここであったことは書くのを省こう。
つらかった。たけど、僕は怒ることも悔しがることもしなかった。
今の時代なら、綿密に打ち合わせさえすれば僕が毎日来れなくても
毎夜、画像確認しながら正しい指示や指定も出来のに。


23歳の僕が懸命に造った「メフィストフェレスの壁画」は終わったんだと理解できた。


リニューアル後、取材等に関しても「メフィストフェレスの壁画は川埜龍三の作品ではない」
「勝手に手を加え別物にした」と、きちんと答えてもらうよう頼んで去った。


こんなにたらたらと芸術家としての自分にとって最も辛いことを書くのは
所有権と著作権に対する当たり前の認識を地方の人にも広く知ってほしいからだ。

当時の若い僕は契約書を交わして仕事をすることはなく書類として何も残さなかった。
これから生きるためにモノを造る人たちは、常に先を読んで契約を交わして欲しい。
そこで相手の心もキチンと確認出来るのだから、恐れずに。
それを生業として全部自分で抱え込んでやっていくんだから
ハッピーに造り続けるなんて、嫌んなるくらい重労働なんだからさ。

もし、僕が打ち合わせに参加出来て壁画に手を入れるとしたら
まず、立体を取り外して壁面の強度をチェックして補強し、立体は別工場で研磨、塗装。
壁面には立体を一点入れ替え&壁面を加工&フェイクの窓や新たに小さな立体物と絵を描いたろう。
当時出来なかったことと、現在の自分が出来ることをみんなに届けたかもなぁ。
動く箇所なんてのも当時はできなかったもんな....



今回のメフィストの件は、例え法に触れるものだとしても
問題を大きくすることで肩身が狭くなるのは作家という世の中。
僕はいつもぶつかってボロボロになるまで信念を貫いてきた。当たり前に。
今回は、自分が消えることで終わりにしたい。

この壁画なくして今の自分もなし。
僕に仕事をくれ育ててくれた恩は一生忘れない。感謝。



先に進んで、また一所懸命造るがよろし。
「ハウスプロジェクト」も得体の知れない鵺との戦い。最後に鵺を笑わせようぜ。


最後に、当時メフィストフェレスの壁画を制作するために
金のない僕と、飯もろくすっぽ食えず、寒い寒い冬に眠らずに労働を共にした仲間たちに
下の写真を贈ります。ありがとうございました。
b0052471_2119166.jpg

[PR]
by ryuzo3net | 2012-12-07 21:18 | トラブル | Comments(6)

あたりまえのこと

特に地方は何でこんなにも著作権に関する考え方や認識が甘いのだろうと思う。

その意識の低さと作家の権利を認識しない様子に僕は時々落ち込む。

作家はいつでも扉を開けて、打ち合わせ、先に進むことに前向きなのに。

ここ数年、マネージメントや著作に関する教育も、はじまっているのかな、という感覚はあるものの

所によっては、特に地方ではモラルは存在すらしない。


法やルールよりも心遣いやマナーが大切。

疑問を感じる脳を持ち、次に知る努力をすること。

それら全てを捨ててしまい、

目先の自分勝手を必死に取り繕っている人たちには

届く言葉も無ければ、もはや聞こえる耳もない。


所有権と著作権の違いだとか、別にむつかしいことじゃない。

「声をかける」とか、あたりまえのことなのになー。

僕もときどき落ち込むんだよ。
[PR]
by ryuzo3net | 2012-11-30 12:26 | トラブル | Comments(0)

たけはら国際アート展は、辞退しましたっ!

たけはら国際アート(4月10日~18日)というイベントに参加する予定でしたが辞退しました。
まだチラシ原案も上がっていない状態なので良しとしてもらいましょう。

チラシ等のイベントイメージを作る段階でデザインの趣味趣向に大きなズレがあるのが大きかったかな。
もともと不安だったので、必要そうな(関連する)チラシデザインの資料をまとめメモを付けたものを説明しアイデアを出して協力姿勢で臨んだけど全く反映されず思いもよらないものが出来そう・・・
連日やり取りしましたが感覚の違いか、それ以前の何かの違いと思います。

先日は平山郁夫氏追悼展も同時開催するということになったと連絡があり、突然だし興味も無いので
参加する企画に深く関連するようなら、方向性が違うのであらかじめ僕は参加を辞退したい旨は伝えてた。

まーそんなこんな意見しながらも、深夜は「それでも、どうすれば良くなるか」を考えながら再びメールを書いた。
1時半近くにメールを書き終え、これで少しまとまれば良いな。さー送るぞー!と思った矢先、
新着メールを見ると 「龍三氏は離脱するか?」というタイトルが関係者に一斉送信されてる。
なんじゃそりゃ!?と読んでみると僕が自身の制作で「〇〇〇〇」とか「〇〇〇〇」とか・・・
(※僕以外の関係者にも余りに失礼な内容のため「〇〇〇〇」表記にしました。)
結果的に展示を依頼された人に、しばらくして辞退しませんか?と言われたんかな。オー珍奇!
アイデアや意見を求められるから発言しただけなのにね。

もちろんセイカさんと相談して「ふざけるな!!!」と辞退しました。
ある意味、本人に少しでも悪気があれば良いんだけど。

後でプロデューサーから自分自身がプロとしてどれだけスゴイか過去のいろいろを羅列したメールが返信されてた。
ずいぶん年下の僕がプライド傷つけちゃったかも。もう無いので安心して下さいな。


参加作家の皆さん、間違ってないと言ってくれた皆さん、ご心配かけてスンマセン!
ということで、たけはら国際アート展には参加しません の報告でした!
[PR]
by ryuzo3net | 2010-02-25 02:27 | トラブル | Comments(5)

もう終えたいと思います。

せっかく目の前に作品を設置する機会に恵まれながら
最後までやり遂げられないこともあります。


他地域や世界各地の無関係のJC関係者に誤解があって欲しくないということでブログの中の「地元JC」や「JC」を地域での正式な名前で明記して欲しいという要望をメールアドレスしか分からない<名無しのJCマン>から頂きました。
<名無しのJCマン>の正式な名前や素性に一切興味はありませんが、
僕自身はどんな場所でも意見や感想を述べる際、自分の名前を表記し常に責任を持っています。

僕は一作に懸ける時間が余りにも長い場合もあるので、展示は年に一度出来れば良いほうです。そのことも踏まえて僕の作品の完成を待ってくれてる方たちのために制作日記を(以前のHPも含めて)約4年書いてきました。これは僕の生き方と感情の記録です。



川埜龍三という作家は著作権等に関して決して細かくないです。写真を使用する際にも撮影する事に関しても断ってさえもらえれば概、問題ありません。
自分自身は欧米のような権利社会ではなく、良くも悪くも古い日本社会に存在してます。
ただ今回の件に関しては、無断で作品を加工し完成作だと公表したことは度を越しており、著作権に関して知らない或いは、考えてなかったという事に怒りを覚えたのです。
(※納期が遅れているわけでは無く、未完成での貸し出しを最終的に許可していた)

多くの僕以外の、僕のような作家が権利を踏みにじられているケースや、今後侵害される可能性は高いと考えています。作家の権利等を犯すことがより容易になった今日、この記述は他のJC関係者や事業者のみならず多くの個人や権利に関わる多種多様な職場の方々が、今後さらに注意を深めて行くきっかけになるとも言えないでしょうか。
もちろん見出し人間に溢れたこの社会で、真意と筋道を上辺だけで取り違え、誤解や見解の違いを生み出すことも多いと思います。特にインターネットともなれば万人がそれぞれの読み方や考えで理解するでしょう。情報や形が異なるだけで、今も昔も相反する意見の対立が世の中なのではないでしょうか。

今後、ビジネス等で地元笠岡との関係で困ることになるのでは?
と<名無しのJCマン>に心配頂きましたが、全く問題ありません。地元笠岡以外での仕事ばかりの僕はこれまで住む町でも何か役に立てればと願い、取り組むたび今まで幾つも苦渋を舐めてきているので、これが最後と頑張ったつもりです。それでも6年もこの町に住んでいるのはビジネスと関わりの無いところで、信頼できる友人達や蔵に、この町で出会えたということが僕の支えであり宝であることも加えておきます。



謝罪に関する僕からの要求等をここに明確に記します。

謝罪の気持ちは、すでに僕は受け取っているつもりです。たた問題発覚当初(9/12)から繰り返した話し合いの度、メンバー内から僕自身の自尊すら罵ろうとする意見を耳にするので、時間を取り自分自身も含めて冷静になる時間を必要としました。
10月頭からは気持ちを切り替え、今回の経緯文を作成し当事者同士が判を押し終了すると言う形を提案しました。もちろん完成作であるかのように無断で発表したことに対して、新たにメディアを通しての訂正や、制作に伴う費用、賠償費用も求めない提案。


僕らはどこまでも自分らしい解決を求めていたからです。この作品の制作過程を記す上で、日記で問題を発覚させた以上は、僕の作品を楽しみにしてくれている人、応援や支援してくれる人たちに心配や迷惑をかけてきた事へ、そして50周年記念事業として汚点を残したまま迷走する方たちに、もう一度作品を再制作し設置して、本当の川埜龍三の完成作として発表する事が一番の和解だと考えていました。
経緯文作成の工程で、自分自身も与えられた短い制作期間に注意する点が幾つもあったと思うし、もっと明確に確認を取る必要があったと反省もしています。公正な経緯文がまとまったと考えられるまでは緊張感を保つため再制作は伏せていましたが最終段階と考えられた今月半ば、JC側に再制作の旨を伝え、共に汗をかき完成したものをそれぞれの自尊のためにも提示しましょうと最後の提案をしました。
しかしそれ以後もメンバー内で話がつかないのか何もわからないまま返答を待ち続け、再び時間だけが過ぎてしまいました。(加えておきますが、作品依頼者からは誰よりも気持ちのこもった謝罪と今後に対しての希望的な共通した思いを受け取っています。お互いしんどい時期を過ごしたことは理解できるし残念な思いは今は同じだと思っています。ただ組織の内部に関してまで僕は分かりません。)

JCの皆さんには本業以外の社会貢献の一環であったり、グループとしての歴史の一部かも知れませんが、僕にとって造形し作品を発表することが本業であり生き方のすべてです。目的に共感したので赤字覚悟で依頼を受けてから3ヶ月以上経ち(当初の予定では約3週間で完成・設置という急な内容)、再制作をするための時間まで取り続けてきました。当然以前から受けていた依頼も数件先送りにして地元のために最優先しました。それらの責任と信用に関しても僕は関係者に頭を下げ続けねばならない日々。結局再制作のための時間も無くなってしまったし精神的にも疲れ切っています。

この件に躓くまで、良い作品の完成を信じて待ってくれている人や家族のためにも休むことなく制作を続けようと誓い、祖母が死んでも休まず倒れるまで自分を追い込んで制作してきました。今年は今までどの時期よりも強い意志を必要とし目標を持ち、挑戦することを心から望みました。僕には作品を造ることでしか家族や友人を幸せにする方法はありません。だからこそ思うように作品を造れない今は想像以上に苦しいのです。造るということは僕にとってビジネスではなく唯一の生きる道です。だからこそ闘い、何度も故障したり、身体を潰し歩けなくなった時も再び呼吸するように当たり前に作りたくなるんだと思います。

せっかく目の前に作品を設置する機会に恵まれながら最後までやり遂げられないこともあります。それをここに置き残したままでも、前に進み僕が造り届けなければならない作品があることを理解してもらえればと思います。

日記が単に作家のわがままと誤解されたり、偏見と見る人も出てくると思いますが、これが自分らしいと信じる解決策を求めた紛れもない僕の真実であり作家として生きる責任の全てです。

造形家 川埜 龍三
[PR]
by ryuzo3net | 2007-10-31 23:54 | トラブル | Comments(0)

もう疲れてます

今日も引き続き、ヒドイ話継続中。
2回目の話し合い以降、時間を空けると言ってあるはずなのに、変にテンバッテJCバタバタしているようで、文面の内容を僕らがチェックしないまま、報告も受けないままに謝罪文を地元JCのHPのトップページとBBSにUPされてしまいました。早くも見た人から「?」なメールも頂いて。案の定、誤解を受ける可能性の箇所も。特に50周年記念式典当日、未完成の作品などと書かれるとオレが仕事サボってるような!?式典の日取りと納期は日が違うので誤解されかねません。もちろん、すぐ消去です。それだけに収まらず、地元ケーブルTVにニュース枠を1分分けてもらい謝罪する練習も開始したようだけど、報告は受けてません。たまたま地元ケーブルにセイカさんや友人が多いからすぐさま報告が入って良かったようなものの、でなければ大変です。ニュースで流したTV局に非があるわけではない(経緯を知らなかったんだから)。(※ある程度、放送に関してはJC側も多方面に配慮する形で進めようとしてたことは、7・26日正午に確認したが、話を中断したいと要求した僕らをほっといて話を進めるのは良くない)

もーこの長い時間悩まされてばかり。こんな人たちに関わってる時間は無いんだけどな。僕のくだらん人生にも目的がある。なんも出来ずに過ごす時間がたまらん。JCの方々はそれぞれ給料があっても、オレらはこんな形で仕事を止めたり溜まってる仕事遅らせたりするとツラーイだけ。この時期次回の大作制作のためお金を貯めてるはずなのに・・・本当ツライですよ。毎日のようにこの話ばかりで日が暮れる。

それと同時に今後笠岡で開催する倉式のミーティングも蔵で開始。いい形で笠岡を紹介したり、笠岡に人を大勢呼ぶために頭を使いながら、夕刻からは笠岡の悪い部分とも戦わなければならない。2重人格者のように地元のことを考えてるオレ。
本当ツライですよ。
僕の仕事は「美しい作品を造る事だけ」のはずです。

違う町に引越したい・・・
[PR]
by ryuzo3net | 2007-09-26 01:02 | トラブル | Comments(0)

11月8日(土)

b0052471_14272534.jpgこれが完成した龍馬の石膏原型です。

壁画制作途中から、平行して制作されていた作品等も

これで全て作り切ることが出来ました。

高知龍馬空港に設置する予定で

カリノ美工から依頼された作品は

昨日の蔵のとうり、キャンセルとなりましたが

依頼されなければ龍馬を作る機会も

そうは無かったと思います。

桂浜の像とは違う趣を望みながら

何よりも楽しんで取り組めたので良かったと思います。
[PR]
by ryuzo3net | 2003-11-08 22:24 | トラブル | Comments(0)